幸せになるには、「幸せにはなれない」と自覚すること?

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言葉遊びではありません(笑) また、何か色々と諦めろ、と言っているわけでもありません・・・ご説明します。

まず、「幸せ」を自分の夢や願望、欲望を満たした状態だと仮定した場合、生きている限りそれが満たされ続けることは絶対にありません。

なぜなら、満たされない心理状態を作り出すのが人間の、生物としての生存本能だからです。

ちょっと考えてみれば判るのですが、お腹が減った時、空腹を満たしたい、美味しいものを食べたい、という食欲がなければ、食べ物を獲得しようというモチベーションは湧きません。

実験で食欲を消されたマウスは死ぬまで食物を探そうとせず、じっとしてるそうです

食欲以外にも色々な欲求がありますが、それらはどうでしょうか。

特に人間は群れを作って集団の優位により生存競争を勝ち抜いてきた種族です。安全で快適な環境で生存確率を上げるには衣食住を満たし、社会的な地位を上げ、お金を稼がねばなりません。

性欲だって例外ではありません。生存に直接関わってくる欲求ではないため、独特の快楽が設定されていますが、男女とも美しくレヴェルの高い異性をGETするのは、社会的地位を上げる、一種のステータス欲・達成欲です。

しかし、その欲望や願望(夢)を幸運にも満たすことが出来たとしても、それは一過性のモノでしかありません。すぐにより強い願望を満たす欲求が湧き出てきます。人間も生物である以上、生存本能がそうさせるのです。

なぜなら、常に満たされない「幸せではない」と感じていないと、他の生物と同じく人間も生きる努力を放棄してしまうからです。

この満たされない無限ループから抜け出す方法はないものなのか・・・

生きている状態である限りなかなか難しい問題ですが(笑)

考えようによっては「幸せではない」と感じている現状は、 最低限 「生きている」という幸福状態にある、ともいえるわけです。

かといって最低限の衣食住も保証されていないホームレスに「幸せだと感じろ 」 と言っても無理な話です。 生きている状態ですべて満たされた涅槃寂静の境地に至るには、数十年修行を積んだ高僧でも難しいようですからね。

ですが、諦めずに考えてみてほしいのです・・・自分で自分を「幸せ」だと感じるかどうかは、あくまで主観です。

なのに自分のメンタルを顧みず、自分の生存本能の赴くまま、欲望・願望・夢を達成し続けて生きていくと、どこにたどり着くのでしょうか。

たとえば収入が少なく1食500円で過ごしてた人が、仕事などで成功して1食1万円の生活レベルに上がったら、確実に「幸せ」を感じるでしょうが、その後、何らかの理由でうまくいかなくなり、1食5000円の生活レベルに下がったら不幸だと感じるわけです。・・・それでも1食500円の頃よりはまだ「幸せ」なはずなのに、より一層不幸を感じるのが人間の不思議なところです。

なまじ、収入に合わせて生活レベルを上げていると、それが下がった時に苦痛を感じる、というわけですね。

・・・が、それで良いのでしょうか。

ここまでお読みいただいた貴方、そしてこの記事を書いている私は、これ以降も自分の夢・願望・欲望を満たし続け、結局満たされない人生を歩むのでしょうか。それとも他の道があるのか否か・・・

色々と偉そうに述べましたが、これは私が自分に対して日々問いかけ、いつまでも答えのでない永遠のクエスチョンです。

「満たされない人生に幸あれ」・・・最後までお読み頂き有難うございました。

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